
4人は料亭の和室に入ると人払いをして障子を締め切った。座敷机の上座に県教委参事、加藤勝男と平野辰郎が座った。
下座に朝山美子と原田みどりが座った。平野辰郎と原田みどりは今回の仲介役である。二人によって今日の段取りはすべて終わっているらしい。
ひとしきり世間話で談笑したあと、平野が少し改まって原田みどりに目で合図を送った。
原田みどりが朝山美子の耳元に囁いた。
「朝山先生、例のものを・・」
美子は緊張した面持ちで分厚い封筒を加藤の前に差し出し座敷机の前から少しうしろに下がって畳に頭をこすりつけた。
「む、むすめのことをよろしくおねがいします」
加藤は封筒の中身の札束を確かめて鞄にしまい込んでひれ伏す美子の背中に目を向けた。
五十路に入ったとはいえまだまだ色気を失っていない体だった。ようやく体を起こした美子の顔をじっと見て加藤は小声でつぶやくように言った。
「うん、なんとかね、・・いい春を迎えられるといいね、うん、信頼関係を大事にしたいな、うん、今夜は飲もう、うん、ね」
贈賄という手段は古今東西よく行われてきたことがらではある。人間が社会の厳しい生存競争の中で勝ち残って生きていくための知恵である。
しかし、それはバレれば元も子も失うという大きなリスクを伴う。リスクは収賄側にもあるから信頼関係が必要になる。
加藤が信頼関係というのはそのことを言っているのだが、それに事寄せて肉体をも狙っているのだ。
宴会が終わると二次会、三次会と4人は飲み歩いた。朝山美子は飲みなれない酒を飲まされてふらふらだったが一人抜けるわけにはいかない。
三次会が終わったとき原田みどりが命令口調で言った。
「朝山先生、加藤様はお酔いになったようだから、あなた、お部屋に送ってあげてちょうだい、わたしは平山様をお送りするわ」
その夜は誰かに見られても怪しまれないように県教委参事の男二人と美子ら女二人は別のホテルをとってあった。
「え、わ、わたくしが・・」
「あたりまえじゃないの、加藤様もあなたのことを気に入って信頼関係を結びたいとおっしゃているんだから、娘さんのことよくお願いしなくちゃ・・、ね、わかるでしょ」
男たちの宿泊先はB市の有名高級ホテルあった。
美子は困惑した。
(「いくら相手が加藤様でもこんなに夜遅く男の人のお部屋に女がひとりで行くなんて・・そんなことできないわ・・ロビーまでお送りしてそこで失礼しよう」)
しかし、贈賄までして頼みごとをした相手であった。そんな相手に何か頼まれれば断ることができないことは明白であった。
案の定ホテルに着くと強引に部屋に誘われ、美子はそれを断わり切れなかった。
ボーイが案内し型どおりの説明をして部屋を出ていくや否や加藤が寄ってきて美子の背中に手をまわした。
「あっ、加藤さん」
「朝山さん、ぼくは以前からあなたが気になっていたんですよ、むすめさんのことは力になりますよ、だから・・ね」
「道に外れたことは困ります・・、ああ、離してください、いやッ」
美子は加藤の手を振り払ってドアに向かって走った。
加藤は後を追わなかった。こんな場面は初めてではない。女は最初は頭に血が昇ってあわてて逃げるがやがてわれにかえるとあきらめることを知っているからだ。
ドアの前でうなだれている美子の肩を抱いてソファに連れ戻した。
抱きしめて唇を奪った。
(「世話を焼かせやがって」)
加藤はもう手加減をしなかった。胸を揉み、はてはスカートの下から手を差し入れた。


起訴、逮捕が近いことを覚った朝山美子は校長室にこもって使い慣れた机やロッカーの中を時間をかけてひとり整理していた。
整理を終えて窓から外を眺めると運動場で生徒達が元気に走り回っているのが見えた。
「・・・」
もう二度とここへ戻ることはないと思うと寂しさと同時に深い後悔の念が込み上げてきてひとり慟哭した。
5月の強い陽光を受けて輝いている周りの木々の深い緑にうつろな目を向けていると、あの日のことが走馬灯のように頭をよぎる。
長女の教員採用試験で有利な取り扱いを受けるための賄賂を渡すために県教委参事の加藤に会った日のことである。
その日は現金を渡しただけではすまなかった。女の大事なものまでも捧げるはめになったのだ。
〜〜〜〜〜
それは前年の9月の中旬の土曜の昼下がりであった。4人は地元のS市を避けて、少し離れたB市の料亭に集まった。
B市は海岸から後背の山地に広がる地域で自噴泉の多い有数の温泉地だった
。


料亭に入る前に海岸を散歩した時に撮ったと思われる朝山美子の写真が、押収された加藤のアルバムに載っていたという。

整理を終えて窓から外を眺めると運動場で生徒達が元気に走り回っているのが見えた。
「・・・」
もう二度とここへ戻ることはないと思うと寂しさと同時に深い後悔の念が込み上げてきてひとり慟哭した。
5月の強い陽光を受けて輝いている周りの木々の深い緑にうつろな目を向けていると、あの日のことが走馬灯のように頭をよぎる。
長女の教員採用試験で有利な取り扱いを受けるための賄賂を渡すために県教委参事の加藤に会った日のことである。
その日は現金を渡しただけではすまなかった。女の大事なものまでも捧げるはめになったのだ。
〜〜〜〜〜
それは前年の9月の中旬の土曜の昼下がりであった。4人は地元のS市を避けて、少し離れたB市の料亭に集まった。
B市は海岸から後背の山地に広がる地域で自噴泉の多い有数の温泉地だった
。


料亭に入る前に海岸を散歩した時に撮ったと思われる朝山美子の写真が、押収された加藤のアルバムに載っていたという。

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